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| 昭和35年 |
2月 |
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愛球軟式野球連盟として8チームでスタート。 |
| 昭和48年 |
2月 |
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名古屋軟式野球連盟と名称を改める。
高木健太郎先生名誉会長の就任を仰ぐ。(名古屋市立大学学長)
中谷義明前愛知県知事顧問の就任を仰ぐ。
本山政雄前名古屋市長顧問の就任を仰ぐ。
●春の市長旗戦として152チームのトーナメント戦がスタート。
●秋の県知事戦として県下30市170チームのトーナメント戦がスタート。
●愛知県知事旗争奪リーグ戦が、A,B,C,D,Eの5ブロック55チームでスタート。 |
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| 昭和50年 |
2月 |
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名古屋軟式野球連盟翼下として、東海リーグが8チームにてスタート。 |
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3月 |
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名古屋軟式野球連盟・審判部が『中日本野球審判協会』として発足、
日本プロ野球セントラルリーグ元審判部長・島英之助氏より承認を戴く。 |
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4月 |
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名古屋軟式野球連盟『プレーボール』創刊号を発刊。 |
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10月 |
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日本プロ野球セントラルリーグ前審判部長・富沢宏哉氏を迎えて、審判学校が
設立される。同時に第1期生の入校式が行われる。
岩本信一氏(元・中日ドラゴンズ寮長)の顧問就任。 |
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| 昭和59年 |
3月 |
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名古屋軟式野球連盟の下部組織『名古屋総合スポーツ振興会』を設立。
(港区・昭和区・緑区・中川区、4区16チームでスタート) |
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5月 |
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日本マクドナルド(株)より、名古屋における少年野球大会の開催を委嘱され、
ナゴヤ球場にて第1回大会を開催。(県下128チーム)
●マクドナルドカップ争奪少年野球大会 |
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| 昭和61年 |
4月 |
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愛知県労働金庫より、愛知県下における少年野球大会の開催を委嘱され、
ナゴヤ球場にて第1回大会を開催(県下128チーム)
●ろうきん杯争奪少年野球愛知県大会 |
| 平成2年 |
2月 |
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●名古屋軟式野球連盟・名古屋総合スポーツ振興会
熱田球場にて初の合同開会式を挙行。リーグ開幕。
●中日本野球審判協会・第18期生の入校式。
昭和50年の第1期生から数えて、400余人の公認審判員が、県下各地で中日本の
卒業生として活躍されている。
名誉会長・高木健太郎先生ご逝去される。 |
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| 平成7年 |
12月 |
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中日ドラゴンズ監督、星野仙一氏を迎えての連盟・振興会合同表彰式。 |
| 平成10年 |
10月 |
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中日本審判協会が開校する、球審集中講座がスタート。 |
| 平成12年 |
1月 |
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●顧問であり中日本審判協会発起人の岩本信一先生ご逝去される。 |
| 平成13年 |
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名誉会長・岡田博先生ご逝去される。 |
| 平成15年 |
12月 |
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西川俊男氏。第3代名誉会長に就任。 |
| 平成18年 |
2月 |
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●名古屋軟式野球連盟・名古屋総合スポーツ振興会
瑞穂球場にて合同開会式を挙行。リーグ戦の開幕。 |